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ワクワク・ライフ・バランス

誰を向いて仕事をするのか?

ボランティア、NPO、CSR?とかって、もうどうでも良いよね。#ジモコロ熊本復興ツアー


 目の前にはあふれるばかりの自然と、不自然なブルーシートが広がっていました。

本当は迷いに迷って。

 「熊本に行く。できれば子ども達も連れて。」
 「いや、意味わかんないし。何でこんな時に?まだ余震もあるんだし、そもそも現地からすれば迷惑なだけじゃない?」
 迷いに迷って口に出した僕の言葉に、奥さんは続けて言いました。
 「私たちには、ここからできる事だってあるでしょう?」
 「だったら、僕は1人で行くよ。」
 その後の数日は夫婦仲がギクシャクしたのは事実です。ただ結果的に「わかった。行く。せっかくだから行こう。」と僕よりも前のめりになってくれたのは、いつだってポジティブな奥さんでした。*1

個人としても、どこまで足を踏み入れるか迷っていました。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kakijiro/20160731/20160731210708.jpgwww.e-aidem.com
 ジモコロ、というよりはid:kakijiroと田村祥宏さん(EXIT FILM)の企画として始まった熊本復興支援ツアー企画。id:hirokim21田中さんはじめ、様々な方々が企画を支えていました。もちろんジモコロに携わる身として、また会社人として、どこまでコミットするべきなのか考えあぐねていました。どちらかと言うと「復興支援」という言葉を纏い行動することに、自分自身の立ち位置に迷いがあったのは確かです。*2

子ども達に見せたかったもの。

 結果、参加して得た物はとても大きく、お金では買えない物を改めて認識しました。会社としては全く広告など展開していない地域ながらも、髙橋町長や黒川温泉の皆さまの「イーアイデムさんが」という言葉に逆にハッとさせられました。そして「パパの会社だね」という子ども達の声は、色々な迷いを吹っ飛ばしてくれました。


 長女はこの時間で色々なものを見聞きしました。
 柿次郎さんが引っ張っているジモコロというメディアは、ただ面白いメディアではなく、人に感謝されるメディアになっていたのです。それもオンラインではなく、オフラインで、しかも地理的にも集中された場所で。

自然も人も素晴らしい場所でした。


ここが南小国の水源である、立岩水源公園。川沿いを歩きました。


川沿いを歩く中、カエルを見つけて子ども達は大興奮。


初めてのノコギリで竹コップ作り。この竹コップで流しそうめんを食べました。


僕の子どもの頃には身近にあった笹の葉、いつの間にか身の回りから無くなっていました。子ども達は笹船の作り方を教わりました。

感謝されるより、感謝ばかりの2日間。

宿に泊まっていても感謝の言葉で迎えられました。黒川温泉のホスピタリティに包まれながら、温泉手形を握りしめ、家族で温泉をハシゴしました。各ブロガーさんがカメラ片手に走り回る中、我が一家はとにかく温泉に浸かりました。黒川温泉は最高です。今ではもう予約が取れないのも理解できる程に。

そして浸かりながら、そんな機会を設けてくれた柿次郎さんに心ながら感謝をしていたのは秘密です。

そして目的が決まりました。

 今回のツアーで、様々なふれ合いと経験を通して子ども達は明らかに成長しました。以前は、飛行機さえ乗った事がない彼らです。そんな中、長女は何かを感じたのか親の知らない間にこんな願いを短冊に書いていました。

 自宅に戻り、黒川温泉の方がアップされた写真を見て初めて知りました。「復興支援」という言葉に対する僕の立ち位置の迷いがとてもちっぽけに思える位に率直なコメントです。彼女も1人のライターとして、夏休みの自由研究として震災についてまとめるそうです。

 今回の企画への本質的なアクションは、彼女が学校内で発表する事になると思います。

最後になりますが、田村さんが寿命を削って制作してくれた映像が素晴らしいので是非ご覧下さい。
子ども達も楽しそうです。
youtu.be

オチですが、

ジモコロの初期企画の提案はこのコンビでした。

*1:ちなみに彼女は子どもを3人産みつつ、末っ子が生まれるや否や看護学校に4年通い、看護師と保健師をストレートで取ってしまい(4年間の睡眠時間は、『俺、徹夜続きで超仕事馬鹿』と言うビジネスマン以下だったと思います)、そのまま新卒看護師として就職する様な女性なので、その行動力にはいつも圧倒されてばかりなのです。

*2: これは未だに迷いのある問いですが、阪神大震災ではボランティア活動とされていたアクションが、東日本大震災ではNPO法人としての活動に変化していました。そしてそのNPO法人を支える資本の実情が100%投資会社だったりすると、資本を利用するとものと、善意を利用するものに対する投影としての「復興支援」対象であったりすると、ますますわからなくなるのです。NPO的な独立性が一つのファッションとして利用されていないか。結局、資本を入れるのであれば、所属していた会社から資本を引っ張る事と同義ではないのか。何より所属していた組織から資本を引っ張れなかったから独立している様に見せて、実際手にしているのは自身の疑似自由性なのでは、と。そしてそう捉えること事態が、既にニヒルになっていやしないか。ここはid:hirokim21と一度、72時間位、また温泉に浸かりながらゆっくり議論をしたい所ですが、僕の答えは「祈るな!!祈れば手が塞がる!」という言葉に帰結すると思います。

地元と仕事のルネサンス

ジモコロ マーケティング ひとりごと

ようこそ。

 柿次郎さんの言葉に引っ張られてブログを書きます。(多分メールとかメッセージとかで伝えて終えられる内容ですが。)

それは何十年、何百年にもわたって紡がれた歴史をたった数時間で理解するなんて不可能だってことです。無理無理! むしろ、おこがましい!

 柿次郎さん、歴史と文化の世界へようこそ、と言うのが一番の感想でした。
 私たちが掲げる「地元ルネサンス 仕事ルネサンス」には、柿次郎さんが感じた諸々の文脈や背景を含んでいます。知っているはずだった地元を再発見すること。また、そこにある(あった)仕事を地元の文脈として再発見すること。ちなみに地元の定義として、小中学生時代の通学路を一つの範囲としました。それはつまり徒歩のスピード、または自転車で行き来できる距離感を示しています。

みんな売れ始めています。

 ジモコロを初めて、それまであまり脚光を浴びていなかったライターの記事や類似の企画の切り口を、同業他社含め目にする様になりました。属する会社がどうであれ、個人的には良い傾向だと思っています。ライターとしての職業が、現実的な一つのポジションを得られるのであれば、雇用の創出という側面でも意味があったと考えています。その分、ジモコロは先へ先へ行かなければいけないとも考えています。

一次情報が全て。

 各地の一次情報を得ること。それがジモコロの一つの武器ではありますが、「地元・仕事・面白い」という軸だけでは、単純に消費される記事になってしまいます。何となくその時は面白くて、流行りの仕事が垣間見えて、それはそれでコンテンツマーケティングの意味を成すのだと思います。但しそれはルネサンスに繋がりません。エンタメとして一時的な消費活動となり、他記事などに駆逐されるだけの情報でしかありません。つまり一次情報が見つかれば誰でも(どのメディアでも)良い、となってしまいます。

新たなステージに。

 柿次郎さんが感じた歴史の文脈が一つの答えだと考えています。ジモコロを半年ほど動かした時に、「ジモコロは次のステージに行かないといけない。今はまだ消費されるだけの記事ばかりだけれど、消費されない、今後も言及され続ける記事を出し続けなければならない」と、何となくのビジョンを定めました。結果的に2015年の年末から、ジモコロの記事は立ち上げ当初に比較し、より「仕事」に寄り添った記事が増えています。

仕事が全てではない。けれども、そこには人の歴史がある。

 各地の取材が増える度に、各地の歴史が紐付いて来ます。地元を代表する仕事には、地元の文化に紐づく仕事があり、その仕事にもまた歴史があります。そこを掘り下げて、またわかりやすく伝えられるのがジモコロの良さだと思います。ただ「面白い」と消費されるものから、「面白く、そして今後、はたらき方を確かめるために何度も読みなおす」ことができる記事こそが、今後のジモコロの在り方を示してくれるものだと私は考えています。

面白さと仕事と文化と歴史。

 歴史は固く見え、歴史的知識は一般の仕事においてあまり意味を成しません。だからこそジモコロという表現手法が有効的だと思います。一見、消費的でエンタメ的情報に見えても、読み解いてみれば、あまり光が当たっていなかった仕事や労働の歴史が立体的に浮かび上がってくる。一見すればコミカルな内容も、実は様々な課題定義をしている、猫を被った媒体。ある意味で、誰もが楽しめる、そんなメディアであり続けられればと思っています。

知っていましたか?5円玉をお賽銭にしても効用は薄いという事を。

考古学 歴史学

考古学って知っていますか?

 「元々は考古学をやっていました」といつも自己紹介しています。だいたいにおいて誰もが鳩が豆鉄砲を食った様な表情になります。ないしは「光化学スモッグですか?」と「考古学」という言葉を初めて聞いた様な返答も時々はあります。実際に私は大学で考古学を選考し、今の会社に入るまでの10年間、考古学の世界に身をおいていました。遺跡の発掘をしていたのです。今回はつい先日、大学時代の恩師の最終講義に出席し改めて学んだお話しです。
 恩師である先生は大学卒業後すぐに、ある文化財の調査に携わります。その現場見学初日に、違和感に気が付きます。発掘調査はほぼ終わっていると言われる地面を見渡すと、手付かずの遺構が散見されたそうです。当時では掘る意味が無いと思われていた遺構を、配属後、先生が担当する事になりました。「入ってきた新卒がいきなり生意気な口を聞いたために、雑用を押し付けられた感じですね」と先生は苦笑いをしていましたが、その「発見」は成田山新勝寺の縁起にも関係する様な重大な物でした。結果、成田山には直接関係は無いと結論づけられました(その結論付けも、大学出たての先生が行いました)が、日本社会の根底にある格差不安の歴史を浮き彫りにする発見となりました。

悔過(けか)って知っていますか?

 先生の調査の結果、手付かずの遺構は寺院建築に関係するものでした。その後、双堂建築と推定され(私が在学していた頃はそこまで明確ではありませんでした。)ましたが、その瞬間的な気付きと自己の違和感への従順性は見習うべき点が多いと感じました。
 さて双堂建築とは何でしょうか。一番有名なのは、東大寺法華堂になります。正に来月、修二会が行われますが、その後の調査で8世紀後半には奈良(大和)から離れた東北から九州まで同じ様な構造の遺構が報告されています。では東大寺法華堂は何を行う施設なのでしょうか。
具体的な説明はコチラ
 お水取り、お松明と言われる法要ですが、公式には「十一面悔過」と言われます。悔過(けか)とは何を意味するのでしょうか。

「十一面」とは「十一面観世音菩薩」のこと、「悔過(けか)」とは私たちが生きる上で過去に犯してきた様々な過ち(あやまち)を、本尊の仏前で発露(ほつろ)懺悔(さんげ)する(告白して許しを請う)ことをいう。

詳細は
用語説明 其の二|修二会|年中行事|華厳宗大本山 東大寺 公式ホームページ
 悔過とはつまり懺悔し、自ら犯した罪や過ちを悔い改めることを指します。注目すべきはその事例が8世紀後半には東北から九州まで、一般的(公的な遺跡以外でも)な遺跡にて存在が認められたことです。

「書かれたもの」と「書かれなかったもの」

 脇道にそれますが、いわゆる歴史学史料批判(検証・研究)を対象とします。歴史学が対象とする主な史料とは「書かれたもの」です。対して考古学は物的史料をメインに対象とします。時代を遡れば遡る程、「書かれたもの」は少なくなりまた偏りが生じます。つまり高貴な位のものほど保存されやすく、民衆の生活は史料化されにくい、と言うのが実際です。結果的に、歴史学は政治学などの公的な歴史を批判(検証・研究)する研究が多くなり、「書かれたもの」が少ない民衆の歴史は立体化が難しくなります。昨今の考古学は後者を対象に、物的史料から「書かれなかった」民衆の歴史の発見が多くなっています。

仏教はいつから?

 先生が着目した点は、総国分寺とされた東大寺と各都道府県の国分寺国分尼寺の在り方と共に、そこに配置された法華堂と同様の構造の建築物が、東北地方から九州地方の集落遺跡に散見されるという事実でした。8世紀の日本は、仏教による国家鎮護が推し進められた時代です。先生はその浸透度合いを、大学卒業後の違和感から退官に至る研究期間にて実証されました。つまり今に至るまで、当時の偉い人から下々の者まで神や仏に同様の概念で参り始めたのは、8世紀中葉〜後半である、と。それが神・仏の存在価値が一定に認められた次期である、と。
 私たちはお参りの際に5円玉を用意し、「2礼2拍手1礼」をお参りのスキームをしていますが、先生は意味が無いと言います。そんなものは近世以降(江戸時代)の新しい文脈だ、と。つまり古来からお参りには十一面悔過に代表される悔過を行ってからでないと、お参りの意味を成さないと言われます。古代の悔過では、「水に流す」という行為が当てはまります。今でも水に流すと言いますが、考古学上では様々な遺物(字が書かれた土器など ※墨書土器と言います)が当時の川底から発見されています。また今でも色々なものを川に流す儀礼は多いです。例えば、ひな祭りの流し雛などが概念としては近いかと思います。その根源は「水に流し懺悔する」という意味を帯びているのです。

いつの間にか人々は祈りだしたの?

 これは大きな発見です。仏教伝来から仏教の一般化まで官側の動きは史料批判から可能な限り明らかにされておりましたが、「民衆への伝播実態はどうか」という疑問には応えられていなかったからです。仏教伝来という文脈では6世紀半ばから語られますが、741年国分寺建立の詔の際にはまだまだ日本各地に仏教は根付いて居なかったと考えられています。だからこそ鎮護国家のために国分寺建立が推し進められたと考えられていますが、先生の仮説では神仏への宗教心と、悔過に代表される宗教活動は中央(ヤマト)から地方(関東、東北、九州)まで、「同じ概念・手法」が伝播していた、というものでした。
 この概念の発見を現在から未来に置き換えると、例えば今から2,000年後にクラウドサービスのデータセンターが発掘されます。今はデータの世界で物的証拠も全てデータ化されていますので、文字史料はより残り難くなるかと思います。するとシンクライアントに代表される様な簡易端末がネットワーク越しにクラウドサービスを活用する世界の仕組みや概念が、しっかりと後世に伝わらなくなる可能性があります。すると発掘されたデータセンターは、「持てる者が作った何かしらの施設」と考えられるでしょう。そういったものが全国各地に発見されると、「ある階層の生活には同一の施設が付帯する」と考えられるかもしれません。本当はただのデータセンターで、利用元は私たちの様なエンドユーザでもあるにも関わらず。もっと言えば「ある階層」に限定されると考えられる施設利用は、実際の所限定される事無く、それこそエンドユーザのために設計されたものであるにも関わらず、です。

文化を掘ろう。

 古代の悔過という行いと双堂建築の発見は上記の様なものだと思います。中央政権がその正統性を知らしめるために行った悔過施設の一般化。地方豪族が中央との争いや、他豪族との争いの中で悔過を行った遺跡。格差が生じ始め、日々の生活に不安を感じ始めた民衆が行った行為。公的なもの、地方の豪族、一般の民衆まで8世紀初頭から後半までにかけて同一の遺跡分布が認められたのです。
 先生は「8世紀が社会主義的世界から資本主義世界への転換」とし「社会的格差のために、個人でも各神仏に祈らねばならない」と、人の動きに焦点を当てまとめていました。8世紀を境目に今の日本社会では当たり前とされている儀礼が成立しており、またお参りする不安感は現代に通じるものがある、としています。
 先日の記念公演に参加し、この歴史のダイナミクスとまた考古学の可能性を改めて認識しました。今後は、悔過をした後にお参り下さい。ただただ5円を投げてお参りしても効用は薄いやもしれませんので、ご注意ください。

なぜ2015年になっても車が空を飛んでないのか?

イノベーション マーケティング

 今年も残す所、後25日です。ジモコロの用意をし始めたのが、昨年の今頃だった気がします。2015年は、良くも悪くもジモコロに集約される年だなと思います(まだ終わってはいませんが)。ただそんな中でも個人的に気になっていたのは、ネット上でも話題にもなっていた映画「Back to the Future Part 2」で描かれた年でもありました。

 1989年の公開時、私は11歳、小学校6年生でした。2015年になれば、それこそ21世紀になれば、未来的な様々な(空想)技術が当たり前になって、少なくとも誰もが空を飛んで移動している時代なんだと想像していました。しかし当時の26年後の今、残念ながら映画の中で描かれていた空飛ぶ車や、ホバーボードは一般化されていません(それぞれ試作はされている様です)。

 なぜ、それらの技術は一般化されなかったのでしょうか?ドラえもんひみつ道具にも言える事ですが、「あったら良いな」という技術がいくつもあったはずです。少なくとも移動手段として空を飛べる様になる、というのは(運転難易度は別にして)移動時間を現実的に短くしてくれる技術革新だと思えます。SF映画ともなれば当たり前の様に、人は空を飛んで移動しています。

 現実的には各種利権や商業的・政治的課題、何よりインフラ整備の投資などがすぐに思いつく課題かと思います。ではなぜイーロン・マスクは宇宙開発を行っているのでしょうか?宇宙に出たとしても、上記の諸々の課題はついてまわる話しだと思えます。持って回った言い方かもしれませんが、「2015年になっても車が空を飛んでいない」理由は、『そういった時代を本気で築こうとする人がいなかった』と言及できる気がします。

 マーケティングでは各種データを用い想定される市場や仕組みを予想してくれます。今を生きる人や、持続性が求められる企業からすれば、実現可能性の高い(精度に依存しますが)未来に導いてくれるかと思います。しかしイノベーションの文脈で語られる未来は、正にBack to the Futureの様に、『今の文脈からシミュレートできる未来ではなく、文脈の外(シミュレートできない)の未来』を求められるケースが多いのではないかと感じます。

 そう考えると電気自動車ディーゼルなど、『今の車のあり方はそのままに、エネルギー問題に焦点を絞り売上拡大を目指す』という路線は、事業としては理に適っている事だと思います。だからこそ(カウンターとして)、宇宙を目指すイーロン・マスクは、その技術を車に反映させたのではないでしょうか。宇宙への往復技術が確立されれば、もしかしたらその技術を元に車さえ飛ばすかもしれません(そういった未来に興味があれば、ですが)。

 ただしそれは『(安定的に)売れるか売れないか』を前提に考え行動するか、『世界を変える』ために行動するか、その価値観に依存しています。ジョブズが世界に提案した、ワンボタンマウスやブロックアイコンのインターフェースなど、後者は結果的にスタンダードになっていますが、前者のシェアは世界的に見れば数%でしかありません。それでも、ジョブズのプレゼンに私たちが期待していたのは、マーケティングに裏打ちされシミュレート可能な打算的な市場成長よりも、『私はこのプロダクトで、世界を変える』というメッセージだったと、今更ながらに考えさせられています。

 だからこそ、2015年になっても車が空を飛んでいないと嘆くのではなく、結局、開発されなかったと誰かのせいにするのでもなく、『2015年に、私は車を飛ばすにはどうしたら良いのか』に向き合う必要があったのだと思い知らされました。私たちが目にする(空想)未来像は、あくまでも空想です。結果、それ以上の技術発展もあれば、全く近づかない(現状と変わらない)未来もあります。それは一重に、『そういった未来を望むのであれば、自ら実現できる様に』行動していれば、少なくともタイヤ位は空を飛んでいたかもしれません(そう考えるとドローンはその派生なのでしょう)。私が望む未来は誰かの手に託すのではなく、自ら実現できる様に取り組むのが実現可能性を高める方法だったのではないでしょうか。

 どこかの誰かが素晴らしい未来を見せてくれて、どこかの誰かがその未来を現実にしてくれて、自分はその現実を享受して『人間て凄いね』と他人事の様に便利さを受け入れている今日この頃。客観的なデータに基づいた話しは安心感があるけれども、小学6年生の自分が描いていた未来に近づくためには、今あるデータや文脈の外に出る事が手始めの様な気がしました。世界をどう変えたいのか、という問いは大げさだけれども、未来の自分はどんな世界に生きているのかを想像し、そのワンシーンを自ら実現できれば、結果的に世界にインパクトを与えるイノベーションになっている、という事なんだなと改めて独りごちた師走となりました。

アドテック関西登壇記念:ad:tech kansai 2015

マーケティング 動画マーケティング アドテク

 ひょんなことからアドテック関西に登壇する事になりました。いつもは聞く側(しかもビジターパス範囲)だっただけに、スピーカー側にまわるというのはおかしな感じです。今回はFreakOutさんからの招待登壇で、ご一緒した方々は下記のページの通り。
[D-10] モバイルマーケティングの成功の秘訣とは | ad:tech 関西 2015 official Web site
※このメンバーになぜアイデムが?という感じですが、裏側では色々とやっています。

 Facebookの山崎さんの勤務地がシンガポールという事で、まずはFacebookメッセンジャーにてセッション内容を確認。1回目の打合せで、セッション内容から落とし所までを確認しました。実際、全員が集まれたのはこの1時間半程度の打合せで、後は個々に打合せをし、資料などはFacebookメッセンジャーでのやりとり。それぞれのITリテラシーが高くて、コミュニケーションに時間的制限や無駄がない?というのは素晴らしかったです。

 ちなみに、それぞれの立ち位置ですが、Facebook山崎さんがプラットフォーム側、SmartNews望月さんがスマートフォンアプリ視点で、FreakOut多湖さんはDSP事業者として、私は広告主側として望みました。"モバイルマーケティングの成功の秘訣とは”とセッションタイトルはあるものの、登壇者の結論は合意していて「モバイルの勝ち方をまさに模索している所」という事になりました。

 アドテックに始めて登壇者として参加してみて、運営会社のdmg::events Japanさんの熱量というものを今回感じる事ができました。今まではビジターだったために、様々なマーケターがいるなという位の感覚だったのですが、スピーカースペースではそういった人々としっかりとコミュニケーションを取って、全体コントロールをしている武富さんの姿が印象的でした。「日本のマーケティングを変えていこう」、そういった類の熱量がありました。

 私たちのセッションは良くも悪くも、1時間半の打合せの内容だったかと思います。良い意味で言えばざっくばらんな、悪い意味で言えばまとまりのない、ブランディングから刈取り、コンテンツマーケにソーシャル施策、動画マーケティングからアプリマーケティングにまで話題が広がり、しかも人材紹介のビジネスモデルと掲載課金でのビジネスモデルなど、一般にはディープな話しがあったかと思います。それでもありがたい事に300名程度の会場は席が埋まっていましたし、セッション後には幾人かと名刺交換をしました。私たちが当たり前としていることを、他者の視点で新鮮に捉え新たに再定義する事で、また新たな発見がある、という循環も良い経験となりました。

 何より今回は良きセッションメンバーに巡り会えたなと思います。アドテクの話しに始まり、グローバル営業に証券営業、文化や考古学、山登りとスマホアプリ、そして組織と経営など、多忙なメンバーが限られた時間内でそれぞれのプレゼンスを発揮できたのではないかと思います。会話の中で、「うちの会社は」という言葉が多く出るのか、「日本」や「世界」という言葉が多く頻出するのか、それは多分このブログのサブタイトルでもある「誰を向いて仕事をするのか」という意識に由来するな、と感じた出会いでもありました。

熱量が基本のオウンドメディアマーケティングセミナー

ジモコロ マーケティング

 本日8月26日、バーグハンバーグバーグの徳谷柿次郎さんid:kakijiroとのセッションセミナーである、オウンドメディアマーケティングセミナーに登壇しました。場所はFreakOutさんの会場を借り、生憎の天候ながらも満員に近い入りとなりました。お越し頂きました皆さま、誠にありがとうございましたbusiness.hatenastaff.com

 セミナー開催にあたり資料作成を行いましたが、作成しながら自分がマーケティング担当者だったら何を知りたいだろうと、できる限り視点をズラさない様に作成しました。結果、価値ある内容になったかは、セミナーが終わった後もわかりませんが…。

 今回この様な形でセミナーを開催できたのも、はてなの方々(高野さんid:mtakano)の実行力に依るものです。以前も同様に、はてなさんが進めていく企画にジョインするケースがありましたが、しっかりと他各社と共有・連携しつつ、安定的にイベントを開催していく様は流石だと思いました。また見学者の集客についても当初80名の枠に倍以上の応募があり、悪天候にも関わらず100名程度の来場は、抽選・選出の方法から歩留まり計算まで、大きなノウハウだと感じました。
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 そして今回はジモコロ名義ではありますが、柿次郎さんとの初セッションセミナーです。柿次郎さんは本当に柔よく剛を制す方で、しなやかな芯を持って様々な状況に対応して頂けます。実際、セミナー開催にあたっての下打合せは昼食を取りながらという簡単なもので、そもそも下書きもなく、それぞれが作った資料を当日合体し100%アドリブで行いました。それでも私の呼吸や、会場の雰囲気を感じつつ話す内容をコントロールし、タイムスケジュールを大きく乱すことなく閉会することができました。

 さて、セミナーを通して私たちは何を得たのでしょうか。はてなさんは、ブログMEDIAの営業見込みを得て、バーグハンバーグバーグさんはコンテンツ営業先を得たのは確かです。アイデムが得たものは数字的なものではなく「何をやらかすかわからない企業」としての認知を、ある程度得たのではないかと思います。それこそ役員の写真まで動員し、ある意味ブランディングとしても、「いつの間にか何かやってる企業」として同業各社様には紹介ができたのではないかと思います。実際、セミナー終了後に最大の?同業さんから「アイデムに先を越された」と社内をざわつかせた、という事実を確認できただけで大きな実績なんではないかと思いました。

 柿次郎さんの資料は熱量を基本としていました。ジモコロへの向き合い方も、その熱量が全てかと思います。しかし熱量は、触媒がなければ持続できません。会場の質問の中で「媒体に、運営側が飽きてきたら」という内容がありましたが、ある意味柿次郎さんがジモコロへの熱量を下げた途端に、ジモコロが腐敗(消費的になって)してしまう可能性も秘めています。ジモコロはこのまま地元の一次情報を発信し続けられるメディアであり続けたいと願いつつ、時間経過により運営そのものがルーチン化していく恐怖を感じた1日でもありました。

 これは本業である求人媒体にも通じる事で、熱量の無いルーチン作業で発信される情報に、人を動かす程のエネルギーが込められているのか、改めて考えさせられました。

CM、動画の撮影について

マーケティング 動画マーケティング

 CMや動画がどの様に撮られているか、プロモーションを担当するまで明確には理解していませんでした。元々私もデジタルマーケティングから入っているので、それこそ初めてのマス広告の打ち合わせでは飛び交う用語が理解できず、GRPって何ですか?PPMって何の略ですか?っていうか、何でこんな高いんですか?と質問だらけになってしまいました。

最近の動画です。

youtu.be
アイデム演劇プロジェクト【スマホを片手に走れメロス

youtu.be
アイデム演劇プロジェクト【坊っちゃん2015】

 デジタルマーケティングであれば、それこそ数万円単位から始められますが、マス領域になるといきなり1,000万単位が当たり前になります。そこには色々な仕組みや工程があってそうなっているのですが、はじめの内は理解するまでにかなり時間を要しました。今思えば、その工数はジモコロでもかかっているもので、とてもわかり易く言ってしまうと「人間ならではの手間」に尽きるかと思います。
 さてCMや動画を作るにあたっていくつか手順がありますので整理してみたいと思います。

①【Purpose】まずは社内をまとめましょう。

 プロモーションと言うと、すぐに「CMやりましょう」となるのが良くある流れです。とても分かり易くて良いと思いますが、関東・関西エリアで放映する場合はコストがネックとなります。しかもCMにおいては、投資分に対しての広告効果が明確に取れるわけではありません。
 「この期間にこれだけCM投下をするので、売上を◯◯%上げます」と言うのが良くある社内プレゼンですが、そこの指標がブレない様にしないと、後々なんのためにCMをやるのかそれぞれが混乱することになります。

→CMをやる目的はブラさない。

②【What】何を伝えたいのか明確にしましょう。

 CMをやる事が決まったら、今度は何を伝えるのか決めなければいけません。CMの基本は15秒か30秒。しかも起承転結を考え、企業ロゴやサービスロゴのカットをしっかりと挟むとなると、メッセージの取捨選択が必要となります。限られた秒数で伝えられるメッセージを再整理することになります。

→メッセージは欲張らない。

③【How】どの様に伝えるのか考えましょう。

 メッセージが決まったらどの様に伝えるか考えなければなりません。タレントを使うのか。キャラクターを擁立するのか。それこそ企画だけでインパクトを出すのか。言わずもがなですが、タレントを使った場合、特に認知目的では、視聴者への到達スピードは早くなります。これは単純にタレントのファンの皆さんが紐付いてくれるからです。手法は様々ですが、選択されたメッセージを伝える最良の手法を選択するべきでしょう。

→CM=タレント、という構図が全てではありません。

④【Orientation】代理店や制作会社に伝えましょう。

 方向性が決まったら、動画を制作していかなければなりません。基本は、代理店を通し制作会社という流れかと思いますが、制作会社は固定で広告枠だけ代理店通しで買う、というケースもあるでしょう。①〜③までをできればドキュメントにまとめ、齟齬がない様に伝えるのが良いと思います。この作業は、システム開発におけるRFPの様なものです。

→社外の人間に伝える際は、出来る限り一般化して伝えましょう。

⑤【Presentation】企画案〜ストーリーボード〜絵コンテを確認しましょう。

 オリエン後、代理店(制作会社)から企画案が上がってきます。「望んでいる画はこういう事でしょうか?」という要件確認書になります。この段階で、いわゆるトーン&マナーや、タレント使用の有無などが決まります。企画案がまとまり次第、ストリーボード〜絵コンテとなり、15/30秒のカット割りが決まっていきます。要件定義に近い作業となります。

→想像していたものがしっかりと伝わっているか確認しましょう。

⑥【Shoot】PPM〜撮影となります。

 絵コンテまでくれば、後は撮影するだけです。事前にPPM(プリ・プロダクション・ミーティング)を行い、全体から詳細まで最終チェックを行います。撮影場所がスタジオなのかロケなのか。また天候に左右される場合のリスクヘッジはどうなっているのか。撮影に入ってしまうと基本は立ち会うだけとなります。モニターチェックをしながら、気になる事があればその場その場で確認をしていかないと、撮り直しが発生してしまい制作コストが跳ね上がってしまいます。

→撮影は基本一度キリなので、想定される画は撮り置きをしましょう。

⑦【Edit】仮編集〜本編集・MA

 撮影後は編集作業に移ります。編集室にて、まずは撮った素材を繋ぎ全体のストーリーに違和感がないか確認します。この段階では色調も音声もまだ荒いものになっていますが、全体の構成が整い次第、細かい調整に入ります。音声についてもMAによって調整され一般のテレビスピーカーでも聴きやすいか確認します。

→編集作業が最後の仕上げです。気になるところがあれば、カットや色味、また音声などひとつひとつ調整しましょう。これで動画が完成となります。

 動画を広告軸とする場合に、CMありきか結果的にCMかで、実は①〜⑤の工程は変化します。何かを効率的に伝えようと思った結果、コストと到達スピードを加味した際にCM・動画という手法が優先されがちですが、現状の数字上ではYouTubeに代表されるWeb動画も外せません。
 TVを見るユーザー向けとYouTubeユーザーではその作り方が全く異なりますので、注意が必要です。具体的には、CMは上記の様に15/30秒というフォーマットがありますが、Webにはそういったフォーマットがありません。今後、Web動画マーケティングにおいてもフォーマット化が進むかと思いますが、良い意味で定形化されないのがWebの可能性だと思いますので、今後、動画制作業界においてもWebを前提とした制作手法が議論されるかと思います。

ここ数年の結論ですが、CMを作れる人と、Web動画を作れる人はまだまだ多くありません。なぜなら業界的には、CMクリエイターがTVCM同様にWeb動画を制作するケースが一般的だからです。今後はWeb動画界からCM業界に出てくる人が多くなるのではないでしょうか。