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ワクワク・ライフ・バランス

誰を向いて仕事をするのか?

ボランティア、NPO、CSR?とかって、もうどうでも良いよね。#ジモコロ熊本復興ツアー


 目の前にはあふれるばかりの自然と、不自然なブルーシートが広がっていました。

本当は迷いに迷って。

 「熊本に行く。できれば子ども達も連れて。」
 「いや、意味わかんないし。何でこんな時に?まだ余震もあるんだし、そもそも現地からすれば迷惑なだけじゃない?」
 迷いに迷って口に出した僕の言葉に、奥さんは続けて言いました。
 「私たちには、ここからできる事だってあるでしょう?」
 「だったら、僕は1人で行くよ。」
 その後の数日は夫婦仲がギクシャクしたのは事実です。ただ結果的に「わかった。行く。せっかくだから行こう。」と僕よりも前のめりになってくれたのは、いつだってポジティブな奥さんでした。*1

個人としても、どこまで足を踏み入れるか迷っていました。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kakijiro/20160731/20160731210708.jpgwww.e-aidem.com
 ジモコロ、というよりはid:kakijiroと田村祥宏さん(EXIT FILM)の企画として始まった熊本復興支援ツアー企画。id:hirokim21田中さんはじめ、様々な方々が企画を支えていました。もちろんジモコロに携わる身として、また会社人として、どこまでコミットするべきなのか考えあぐねていました。どちらかと言うと「復興支援」という言葉を纏い行動することに、自分自身の立ち位置に迷いがあったのは確かです。*2

子ども達に見せたかったもの。

 結果、参加して得た物はとても大きく、お金では買えない物を改めて認識しました。会社としては全く広告など展開していない地域ながらも、髙橋町長や黒川温泉の皆さまの「イーアイデムさんが」という言葉に逆にハッとさせられました。そして「パパの会社だね」という子ども達の声は、色々な迷いを吹っ飛ばしてくれました。


 長女はこの時間で色々なものを見聞きしました。
 柿次郎さんが引っ張っているジモコロというメディアは、ただ面白いメディアではなく、人に感謝されるメディアになっていたのです。それもオンラインではなく、オフラインで、しかも地理的にも集中された場所で。

自然も人も素晴らしい場所でした。


ここが南小国の水源である、立岩水源公園。川沿いを歩きました。


川沿いを歩く中、カエルを見つけて子ども達は大興奮。


初めてのノコギリで竹コップ作り。この竹コップで流しそうめんを食べました。


僕の子どもの頃には身近にあった笹の葉、いつの間にか身の回りから無くなっていました。子ども達は笹船の作り方を教わりました。

感謝されるより、感謝ばかりの2日間。

宿に泊まっていても感謝の言葉で迎えられました。黒川温泉のホスピタリティに包まれながら、温泉手形を握りしめ、家族で温泉をハシゴしました。各ブロガーさんがカメラ片手に走り回る中、我が一家はとにかく温泉に浸かりました。黒川温泉は最高です。今ではもう予約が取れないのも理解できる程に。

そして浸かりながら、そんな機会を設けてくれた柿次郎さんに心ながら感謝をしていたのは秘密です。

そして目的が決まりました。

 今回のツアーで、様々なふれ合いと経験を通して子ども達は明らかに成長しました。以前は、飛行機さえ乗った事がない彼らです。そんな中、長女は何かを感じたのか親の知らない間にこんな願いを短冊に書いていました。

 自宅に戻り、黒川温泉の方がアップされた写真を見て初めて知りました。「復興支援」という言葉に対する僕の立ち位置の迷いがとてもちっぽけに思える位に率直なコメントです。彼女も1人のライターとして、夏休みの自由研究として震災についてまとめるそうです。

 今回の企画への本質的なアクションは、彼女が学校内で発表する事になると思います。

最後になりますが、田村さんが寿命を削って制作してくれた映像が素晴らしいので是非ご覧下さい。
子ども達も楽しそうです。
youtu.be

オチですが、

ジモコロの初期企画の提案はこのコンビでした。

*1:ちなみに彼女は子どもを3人産みつつ、末っ子が生まれるや否や看護学校に4年通い、看護師と保健師をストレートで取ってしまい(4年間の睡眠時間は、『俺、徹夜続きで超仕事馬鹿』と言うビジネスマン以下だったと思います)、そのまま新卒看護師として就職する様な女性なので、その行動力にはいつも圧倒されてばかりなのです。

*2: これは未だに迷いのある問いですが、阪神大震災ではボランティア活動とされていたアクションが、東日本大震災ではNPO法人としての活動に変化していました。そしてそのNPO法人を支える資本の実情が100%投資会社だったりすると、資本を利用するとものと、善意を利用するものに対する投影としての「復興支援」対象であったりすると、ますますわからなくなるのです。NPO的な独立性が一つのファッションとして利用されていないか。結局、資本を入れるのであれば、所属していた会社から資本を引っ張る事と同義ではないのか。何より所属していた組織から資本を引っ張れなかったから独立している様に見せて、実際手にしているのは自身の疑似自由性なのでは、と。そしてそう捉えること事態が、既にニヒルになっていやしないか。ここはid:hirokim21と一度、72時間位、また温泉に浸かりながらゆっくり議論をしたい所ですが、僕の答えは「祈るな!!祈れば手が塞がる!」という言葉に帰結すると思います。